いいお産のすすめ

e0129339_12282797.jpg


妊婦さんが薪割りをしている写真や映像を見たことがあるかもしれませんが、
そこは、愛知の吉村医院「お産の家」というところで、江戸時代の住宅でその頃の食事や生活スタイルの中でお産を迎えるというユニークな産婦人科です。
春のワークショップにこちらの助産婦さんがお越しくださったご縁で、昨日は東京で吉村先生の貴重な講演を聴いて来ました。

自然なお産とは医者の介助がほとんど必要なく、お産婆さんと産婦そして家族で陣痛という自然の力のみで生まれるお産。
その大切さは、とても奥深いものでした。

自然の力だけで産まれた赤ちゃんは、産まれた直後あまり泣かないそうです。
おかあさんと自分、そして神(自然)のちからで出てきたあかちゃんは恐怖やストレスがとても少なく生まれてくるから。(吉村先生はよく神と言う言葉を使われます)
だから、産まれてすぐ、お母さんのお腹の上で寝息を立てて寝てしまうあかちゃんも多いそうです。
産まれてすぐに、「見る聞く香る、そして感じる世界」が、あたたかく安心で希望を感じらるなんて、本当に素敵なことです。

そして、出産を終えた直後のお母さんの顔は、痛みでゆがんだり、疲労でやつれているどころか、観音様のような顔をしています。それは立ち会ったお父さんも同じ。
このときお母さんの脳からは動物的本能から子供を慈しみ育てようと言うホルモンが自然と出始めるのです。

それが意味していることは、このお産と言う流れは、一人の女が母になるためのたくさんの準備を神がしてくれていると言うことです。
誰に教わらなくとも、どの動物も自らのすべてをかけて育児をするのはこの出産と言う流れの中に神からのギフトがたくさんあるからなのです。

私は元々根っからの子供好き・・・とはいえませんでしたが、
娘が生まれてから、そんなに人の手も必要を感じず、育児そのものがとても楽しいのです。出来るだけ一緒にいたいし、本当に可愛くて仕方ないのです。
それを人に話すと、偉いね~とか、珍しいものを見るように言われることもあります。
私は30過ぎて産んだからかな・・・なんて思っていましたが、昨日の話を聞いて、私は幸運なことに、出産を通じて神からたくさんのギフトをもらっていたからだと改めて気が付きました。
人間はそもそも、生きているというより生かされているんだということを出産を通じて確信できたように思いました。

これからご出産を迎える方がいたら、この本をおすすめします。
色々な価値観があると思います。
吉村先生はお産に関して、医療的な介助は一切必要なともおっしゃっており、それは一つの極論ですが、命を掛けてこのお仕事に従ずる先生は社会へたくさんの問題提起を使命としてお持ちなんだろうと思いました。

医療的介助が必要なお産もあるし、わたしも又赤ちゃんを産むときがあったら、そうなる確立はゼロではありません。あかちゃんの命に関わることだったら私はきっと介助を求めると思います。
でも、もし出来ることなら、神からのギフトをもらって子育てをする素晴らしさ、楽しさ、ある意味の楽さを又感じてみたいと思いました。

出産というはじめの一歩が、その子の人生や家族、これからの日本の未来を左右するという吉村先生の壮大なお話に、女として生まれてきたことの大きな役割を感じた一日でした。

珍しく長くてすいませーん。
[PR]
by mamimi_aroma | 2008-07-14 12:28 | たわいない話
<< 日本の美しい夏 精油のコラム >>